コラム

Shirokane no Mori Column

農民・松岡の人生設計
農民・松岡の人生設計

対談「人生・未来を語る」vol.5 市原幸夫さん×松岡義博(後編)

松岡会長がさまざまなゲストと人生や未来を語り合うシリーズ、第5弾。

前回に引き続き、山鹿市鹿本町で農業の6次化を手がける「株式会社パストラル」の代表・市原幸夫さんと松岡会長との対談をお届けいたします。


お二人の出会いから、市原さんの波瀾万丈な人生、そして「パストラル」の創業までをお伺いした前編はこちらからご覧ください。
https://www.shirokane-mori.jp/blog/article.php/column/213/

市原さんが代表を務める「株式会社パストラル」について
http://niceice.net
 

3人の息子たちとつながる「なつかしい未来・里山家業」

松岡会長
市原さんにどうしても聞いてみたかったことがあるんです。
息子さんたちが戻られて一緒に事業をされていますが、家族だからこそ起きるトラブルなどは無いのでしょうか? 
うちの場合は、「コッコファーム」を息子に代替わりして静観しないといけないとは思いつつ、やはり心配でつい口を挟みそうになって……。

市原さん
そうですね。うちの場合、仕事において親子はフラットなんです。
フラットな関係で、それぞれ自由に意見を言っていますね。
子どもたちの社会経験は浅いですが、長男は大学を出て東京の金融機関で3年、次男も大学を出て東京の農産物流会社で3年、三男は製菓専門学校を出て東京のフランス菓子専門店等で6年の実務経験を持ち、それぞれ私にはないキャリアを身に付けています。
息子の嫁さんたち3人も同様ですね。
ですから、仕事で子供たちと話し合う時は、彼らの意見を尊重しています。

―以前、「ricca」の取材をさせていただいた際、三男の勇生さんが「自分が中学生のころ、親父の机には、3兄弟それぞれの30年先までの人生計画書が貼ってあった」とおっしゃっていたのですが、当時から、息子さんたちと一緒に事業をやることを考えていらっしゃったのですか?

市原さん
それについて記憶はありませんね(笑)。自分の考えを整理するために書いていたかもしれませんが、もう過去のことなので…。それと息子たちは、それぞれ自分の意思で山鹿に戻ってきましたし…。
 
市原さん
15年くらい前、私が東京の展示商談会にアイスを出展した際、金融機関で働いていた長男・邦彦に手伝ってもらったことがあります。その時、長男から「自分が今やっている仕事より親父の仕事の方が面白そう」と…、長男は結婚を機に熊本に戻り、会社の後継者を目指すことになりました。

次男・伸生は獣医を目指していましたが大学受験に失敗し、私と話し合う時間を持ちました。
その時、私が「父さんは将来農業をやりたいと思っている、それも里地でやりたい、農業は食の原点であり、人の命を育む源でもある」という話をしました。
その後、次男は大学の農学部に入り、卒業後、東京の農産物流会社で販売と仕入れを学び、結婚を機に山鹿に戻り、県立農業大学で10カ月の新規就農研修を経て山鹿で就農しました。

三男・勇生は、中学生の頃からお菓子作りに興味を持ち、東京の製菓専門学校で菓子作りの基本を学び、その後東京代官山のパティスリーで修業した後、皇居近くにある高級フレンチでフレンチデザートを学びました。
現在、フランス菓子専門店「ricca」のパティシエとして独自のスイーツを生み出しています

息子の嫁さんたち(智美、奈穂子、かおり)もそれぞれキャリアを有しており、全員フラットな関係で仕事をしています。
 
市原さん
長男の嫁さん・智美は、東京のプロント(全国にカフェを160店舗展開)でバリスタをやっていました。次男の嫁さん・奈穂子は東京の病院で管理栄養士として入院患者の食事を設計していました。三男の嫁さん・かおりは、代官山のフランス菓子店の菓子教室で講師をしていました。

嫁さんたちは会社の仕事を通してそれぞれがやりたいことに挑戦しています。
嫁さん同士もとても仲が良く、時々息子3家族で食事会をやっているようです。
その時、私たち夫婦に声掛けがありませんが(笑)。

私の役割は仕事を含め、次世代の暮らしをバックアップすることにあると思っています。
そして、それぞれの家族の暮らし方の領域に踏み込まないという暗黙のルールもあります。
 
松岡会長
その中で奥さまはどういった立ち位置なのでしょう?

市原さん
家内はパストラルの創業前から経理・総務全般を一人で担ってきました。
何回も経営破綻しかけた会社が、その危機を乗り越えられたのは家内の存在があったからです。感謝してもしきれない存在ですね。

現在、アイス、農業、riccaと部門が増え、家内の業務負荷が許容範囲を超えており、そのことが大きな課題となっていますので、できるだけ早く対処したいと思っています。
家族の中で家内の存在は、全員が頼りにしているビッグママといった存在でしょうか。

 

里山の未来に欠かせない、次なる一手

松岡会長
市原さんの思いを受け継ぐ息子さんたちが、次代を担ってくれるということで、後継者不足が叫ばれる中山間地域の農業に、明るい光が差してきたと思います。

市原さん
いえいえ、地域課題はあまりにも多面的で複合化していますので、私たちだけでは根本的な解決にはなりません。今後、人口減少が地方地域にどのような影響をもたらしていくのかを冷静に見ていく必要があります。

私たちはこれから、山鹿をはじめとした地域が低密度社会となり、町や村から人が消えていき、農業者もいなくなるという現実と向き合うことになります。


 
松岡会長
当社でもシェアハウスなどを通して、移住・定住を促進したいと考えています。
最近、取り組まれているという干し柿事業も素晴らしいのですが、どういった展開をお考えですか?
 
市原さん
「やまが冬の風物詩、豊前街道干し柿の街並み」のことですね。
山鹿のあんぽ柿加工組織が、高齢化等で事業の存続が厳しくなり、当社があんぽ柿加工事業を継承することになりました。

同時にあんぽ柿の原料である渋柿の圃場も30アール継承しました。
里地には渋柿農家が16軒ほどありますが、全員高齢者であり、後継者がいるところは1軒もありません。あと10年もすれば、渋柿圃場は全て耕作放棄地となり荒れ果ててしまうでしょう。後継者が育たない1番の原因は、渋柿の出荷「相場」が生産コストをはるかに下回っていることにあります。

里地で生産される農産物の価格が固定価格ではなく「相場」で左右され、農家の暮らしを圧迫している現状では農業後継者の育成は難しいと言わざるを得ません。

私の持論は「相場制度を無くすことは出来ないけれど、相場から離脱することは出来る」です。そこで考えたのが、干し柿による商店街の賑わい創出です。

 
市原さん
やまが冬の風物詩として、中心市街地にある豊前街道を干し柿で埋め尽くすという企画です。お店の軒先に吊るされた渋柿は、歴史ある街並みを背景に日に日に色鮮やかなオレンジ色に変化していき、その景観は訪れる人たちに山鹿の冬の風物詩として懐かしさと感動を呼び起こしてくれます。その干し柿の街並みを見ようと県内外から多くのカメラマンや外国人などの観光客が訪れるようになります。

この取り組みを通して渋柿、干し柿の需要を掘り起こし、渋柿を「相場」ではなく「固定価格」で販売する目論見です。
固定価格が実現できれば、渋柿生産が若者の新規就農や高齢者の年金補填型農業の受け皿となる可能性がでてきます。

そして本取り組みは、地域の学生や一般市民、行政を巻き込んだ民官共創の地域創生でもあります。
 
―まちの賑わい創出にもなるし、渋柿生産者の適正収益も担保され、おまけに後継者育成へとつながる三方良しの取り組みということですね。

市原さん
そうです。さらに、ドライフルーツの食文化がある台湾の人たちは干し柿が大好物!
昨年の11月、山鹿の豊前街道で偶然出会った台湾の女性たちに干し柿をプレゼントしたことが縁で台湾との双方向の交流活動も始まりました。

「なつかしい未来・里山家業」には、里地の自然と向き合い、里山を起点とした小さな商いを葡萄の房のように沢山生み出しながら、心穏やかに生きていくという思いが込められています。
これから台湾の人たちとも交流を深めながら、世界とつながる、小さくて強い地域のあり方を模索していきます。


―まさか、台湾との交流も進めていらっしゃったとは! 
最後に、この記事を読まれている読者の皆さんにメッセージをお願いいたします。


市原さん
人は、どうしたい、どうありたいという様々な「思い=扉」を持っていますね。
そして、勇気を持って扉を開け、思いを実現する人、思いに近づく人、思い通りにならない人がでてきます。時間軸でみると、5年で実現する人、10年かけて思いに近づく人、20年かけて実現する人、30年かけても思いに近づかない人がいます。

「思い」を持つことは、人生の第一歩、そしてアクションを起こし思いを深めていく、そうすることで少しずつその人らしい人生が形成されていく。
みなさん、思いという扉を開いてみませんか。



―ありがとうございました!
「思い=扉」。なるほど!分かりやすい例えですね!
前編で伺った「本当に自分がやりたかったことなのか」を自問自答しながら実践されている市原さん。松岡会長と同じく、「生涯現役」と話されるその目はキラキラと輝いていました。


 

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